ドジっ子Watcher
「スーパードジっ子Company」の更新情報、ならびに自分が書きたいことなんでも。
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 そもそも本来インターネットというのはリンクで繋がりあうのが当然であり、リンクするのに許可など不要である、またそうであるべきだと思う。だから以下の記事を読んで自分は非常な違和感を持った。まあもちろんルールでなくマナーとしてそうした方がいいというのであればわからないでもないのだが……

レス: リンク許可願い/設定考察派VS二次創作派 - 罪を憎んで人を肉まん。
■初めて見たブログで、記事単体へのリンク許可を貰いに行く時■

1.まず、相手が検索にかかってもいいブログなのかどうかの確認
  → 検索避けされていたら諦める 

2.ブログをざっと読んでリンクについての意見を探す
 (※「このブログは記事単体でもリンクフリーです」など)
  → 無許可でリンク可だったらそのままリンクを張った記事を書く
  → 無かったら諦める

3.2で諦めきれなかった時、もしくは、可能そうだけどよく分からない場合は
  拍手などで質問してみる(うちのブログアドレス&メルフォ付きで)
  → 「表に出るコメント欄」ではなくて「表に出ないメルフォなど」に
    「まずい時はスルーでお願いします」という感じに書く
   (※表に出るコメント欄だと、管理人の人が拒否しづらくなるから)

4.しばらく待ってみる

5.駄目そうだったら諦める
 それってちょっと臆病過ぎない? と思う。特に5の「駄目そう」って何だよ? 明確に拒絶されたわけでもないのに。

 私だったら以下のようにする。私を含めリンクに許可はいらないよ派(無断リンク肯定派とも言う)の人もほぼ同じ考え方だと思っている(もし違うなら、コメントなりトラックバックなりでご意見ください)。

  1. 自分が本当にそのリンクを必要としているのか? について熟考し、必要であればリンクする。
  2. リンク先がブログであってトラックバックを受け付けているならトラックバックを送る。コメント欄があるならURLと共に記事を書いた旨コメントする。アクセス解析しているようなら自分でそのリンクをクリックして相手の解析に反映されるようにする(要は相手にリンクした旨通知するということ)。
  3. もし相手から文句を言われた場合はそれなりに対処(リンクを外すなり、そうしたくなければ論争するなり)。

 とはいえ、無用な争いはできるだけ避けたいと思う人もいるだろうから、その場合は以下のようにすればいいと思う。

  1. 相手のサイトのリンクポリシーを探す。もし「リンクする場合は連絡ください」等の言葉があったら連絡する。無ければそのままリンク(上記1.へ)。
  2. 「リンク禁止」等の記述があった場合、どうしてもリンクが必要か? についてもう1度考え、それでも必要と思うのであれば相手に連絡してみる。
  3. 連絡する際はどのような文脈でリンクするのか? について書き(既にあるページにリンクを加えるならURLも)、その上で「もし問題があるなら連絡ください」と書いておく。
  4. 相手からお断りの返事が来たなら、それでもリンクが必要か(相手との関係が悪化することを覚悟の上で)? について再度考え、どうしても必要であればリンク(上記1.へ)。そこまでの必要が無ければ代替のリンク先を探すかリンクは諦める。
  5. しばらく待っても返事が来なければ(相手がお断りの意思表示をしていないのであるから)そのままリンク(上記1.へ)。

 でも、例えば相手がその記事で何らかの意見を表明していて、自分がそれに対し批判をするような場合であれば、相手の意思がどうであれリンクはすべきだと思う。何にせよ、意見を表明している以上は批判されることを受け入れる(≠批判を受け入れる)のが当然だと思うから。
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「無断リンク禁止」問題についてちょっと本気だして考えてみた - Browser.js

 「現状において無断リンクは許される/許されない」ということについての議論だと思って著作権法を持ち出してコメントしたのだが、そうではなく「そもそも無断リンクについてどうあるべきなのか?」ということだとのこと。
 ということで勝手にまとめてみた。

1)「無断リンク禁止」否定派(無断リンク肯定派)
 「公開されたものに対しては、公開の場において自由に言及・批判できる」というのは当然であり、例外は存在するべきではない(言及されたくないのであれば公開すべきではない)。

2)「無断リンク禁止」肯定派(無断リンク否定派)
 「公開されたものに対しては、公開の場において自由に言及・批判できる」というのを原則とすべきではない。もしくは原則としつつも例外は認めるべきである。

 公開に対するハードルが低くなったネット社会において、以上のどちらがふさわしいか考えてみたのだが、やはり「言論には責任を持つべき」という大原則がある以上、私としては1)がふさわしいと思っている。

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 ☆女の徒然草☆というブログの一般常識・礼儀とブログマナーという記事によると、
ブログは、企業などの団体が書いているもの以外、すべて個人の家と同じです。
だそうである。

 ということは、このブログ(ドジっ子Watcher)は私のブログであるから、当然私の家と同じということになるはず。でもって、私は私の家においては(法律に反しない限り)何をやっても自由ということになると思う。
 従って私は(Webの常識通り)「リンクは自由」という主義であるから、私のブログ(=私の家)において、自由にリンクを貼ることにしようと思う。当然かまわないですよね? 「私のブログは私の家」なのですから。
[ブログは家と同じ?]の続きを読む

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 「『公表された言論に対しては批判の対象となる』という考えは現状にそぐわない」という意見がネットの一部にあるようだが、それについて考察してみることにする。まず今回のそもそもの発端は、はてなブックマークに書かれたこの意見。

はてなブックマーク - 管理の問題ですね、わかります - プログラマーの脳みそよりrag_enさんのブックマークコメント
”公表された言論に対しては批判の対象となる、という単純なルールがある”ちょいちょい見かける意見だけど、その根拠を聞いたことはない。仮にそうだとしても、ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール。
 「聞いたことが無い」というのは主観も含まれる(自分が聞いたことが無ければ真である)のであながち否定はできないのだが、「著作権法」「言論の自由」「禁止されてないから当然可能」等、それこそアンケートでもとればいくつでも理由は出てくるであろう。
 「カビが生えたルール」というのは「古臭くて現状にそぐわない」という意味で言っているわけだが、これも若干の主観を含んでいると思うので、「現状にそぐわない」という意見主張であると解釈しておくことにする。
 ということで、上記主張は以下のようなものであるとみなし、それに関して考察してみることにする。

「『公表された言論に対しては批判の対象となる』という考え方は、ネットが一般化し公表に対するハードルが低くなった現状にはそぐわない」
[「公表された言論に対しては批判の対象となる」について考える]の続きを読む

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 前回の記事のコメント欄においてrag_enさんからコメントを頂いたのでそれに関して考察・反論してみることにする。

ただ、素直にその条項を読む限り、あくまで「引用」についての条項であり、それを根拠に「批判すること」についてどうであるかを論じるというのは、少し無理のある方法だと思いますし、根拠としては弱いです(裁判とかであればそれも有効?なのかもしれないけど)。
 「批判するために引用することができる」ということが書かれていることに異論が無いのであれば、その大前提として「批判することができる」と読めるのは当り前と思うのだが、その解釈に無理があるのだろうか?
 それでも根拠が弱いというのであれば、「表現の自由」「言論の自由」を持ち出すべきだろうか。当然のことながら批判も表現・言論の一種であるから自由に行うことができるのは当然である。日本法のさらに大元である日本国憲法にも明記されている。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 その「言論~その他一切の表現の自由」に批判が含まれていないと解釈するのは、さすがに無理と思うのだがどうだろうか。

※2008/06/12追記 考えてみたが、表現の自由等そんなに大上段に構える必要など無かったかも。「(転載を伴わなければ)批判することができる」というのはあまりに当然のことであり、あえて法律で定める必要など無いので書かれていない、ということなのではなかろうか。

そもそも、ルールの根拠にルール(法)を用いる事自体、あまり意味があるとは考えられません。「で、その根拠は?」でループするだけなんで。(というか、その引用ルールもなぁ…うーん)
 「法の根拠」というのは、日本国民によって選ばれた代表者が集まる立法機関である国会で定められたものであって、日本国民であれば当然守らなければならないものである。ということなのでは? というかそれ以上に何かあるのだろうか(日本法の場合)。
 よって、「法の根拠は?」でループすることはあり得ない。証明終。
しかしネットが一般化し、そういう敷居の高さが取り払われ、趣味的なヌルい使い方・楽しみ方ができるようになった今、「批判の対象となる」というルールのシビアさは、その趣味的なヌルい楽しさを殺すことになり(必ずしもそうであるとは限らないが)、それはつまり損失の発生である。よって今現在において既に、それはむやみやたらと適用できる”生きたルール”ではないと考える(それを「カビが生えたルール」と表現した)。多少語弊含みな気はするけど、簡単に言えばこんな感じです。
 なるほど。カビが生えた(=古臭い)ルールというより、インターネットの普及によって公表することに対するハードルが低くなった現状にそぐわないルールというように解釈するとしっくりくるかもしれない。
 しかしながら、私を含め「気軽にブログ等で発言してそれを批判したりされたりできる、そのような現状にこそふさわしいルール」と解釈する人もいるのであり、一概に「現状にそぐわない」と言ってしまうのも問題があるのではなかろうかと思う。
さらに単純な言い方をするならば『あるファンサイトを立ち上げるとき、そのアンチからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?』という話です。
 それは批判というより誹謗中傷であることが多いと思うので、だったら名誉毀損なりの問題になるのではないだろうか。よって(違法行為である)誹謗中傷の自由は無い、で終わり。

 さてここで、「ある作品を批判した時、その(狂信的?)ファンからの批判(にもならない悪口)がいくつも書かれた」という例を挙げておこう。前の記事にもコメントをいただいたekkenさんのブログの記事である。ぜひコメント欄まで全部読んでみてほしい。
『名探偵コナン』がしらける理由 - ekken

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