ドジっ子Watcher
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 「『公表された言論に対しては批判の対象となる』という考えは現状にそぐわない」という意見がネットの一部にあるようだが、それについて考察してみることにする。まず今回のそもそもの発端は、はてなブックマークに書かれたこの意見。

はてなブックマーク - 管理の問題ですね、わかります - プログラマーの脳みそよりrag_enさんのブックマークコメント
”公表された言論に対しては批判の対象となる、という単純なルールがある”ちょいちょい見かける意見だけど、その根拠を聞いたことはない。仮にそうだとしても、ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール。
 「聞いたことが無い」というのは主観も含まれる(自分が聞いたことが無ければ真である)のであながち否定はできないのだが、「著作権法」「言論の自由」「禁止されてないから当然可能」等、それこそアンケートでもとればいくつでも理由は出てくるであろう。
 「カビが生えたルール」というのは「古臭くて現状にそぐわない」という意味で言っているわけだが、これも若干の主観を含んでいると思うので、「現状にそぐわない」という意見主張であると解釈しておくことにする。
 ということで、上記主張は以下のようなものであるとみなし、それに関して考察してみることにする。

「『公表された言論に対しては批判の対象となる』という考え方は、ネットが一般化し公表に対するハードルが低くなった現状にはそぐわない」
[「公表された言論に対しては批判の対象となる」について考える]の続きを読む
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 前回の記事のコメント欄においてrag_enさんからコメントを頂いたのでそれに関して考察・反論してみることにする。

ただ、素直にその条項を読む限り、あくまで「引用」についての条項であり、それを根拠に「批判すること」についてどうであるかを論じるというのは、少し無理のある方法だと思いますし、根拠としては弱いです(裁判とかであればそれも有効?なのかもしれないけど)。
 「批判するために引用することができる」ということが書かれていることに異論が無いのであれば、その大前提として「批判することができる」と読めるのは当り前と思うのだが、その解釈に無理があるのだろうか?
 それでも根拠が弱いというのであれば、「表現の自由」「言論の自由」を持ち出すべきだろうか。当然のことながら批判も表現・言論の一種であるから自由に行うことができるのは当然である。日本法のさらに大元である日本国憲法にも明記されている。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 その「言論~その他一切の表現の自由」に批判が含まれていないと解釈するのは、さすがに無理と思うのだがどうだろうか。

※2008/06/12追記 考えてみたが、表現の自由等そんなに大上段に構える必要など無かったかも。「(転載を伴わなければ)批判することができる」というのはあまりに当然のことであり、あえて法律で定める必要など無いので書かれていない、ということなのではなかろうか。

そもそも、ルールの根拠にルール(法)を用いる事自体、あまり意味があるとは考えられません。「で、その根拠は?」でループするだけなんで。(というか、その引用ルールもなぁ…うーん)
 「法の根拠」というのは、日本国民によって選ばれた代表者が集まる立法機関である国会で定められたものであって、日本国民であれば当然守らなければならないものである。ということなのでは? というかそれ以上に何かあるのだろうか(日本法の場合)。
 よって、「法の根拠は?」でループすることはあり得ない。証明終。
しかしネットが一般化し、そういう敷居の高さが取り払われ、趣味的なヌルい使い方・楽しみ方ができるようになった今、「批判の対象となる」というルールのシビアさは、その趣味的なヌルい楽しさを殺すことになり(必ずしもそうであるとは限らないが)、それはつまり損失の発生である。よって今現在において既に、それはむやみやたらと適用できる”生きたルール”ではないと考える(それを「カビが生えたルール」と表現した)。多少語弊含みな気はするけど、簡単に言えばこんな感じです。
 なるほど。カビが生えた(=古臭い)ルールというより、インターネットの普及によって公表することに対するハードルが低くなった現状にそぐわないルールというように解釈するとしっくりくるかもしれない。
 しかしながら、私を含め「気軽にブログ等で発言してそれを批判したりされたりできる、そのような現状にこそふさわしいルール」と解釈する人もいるのであり、一概に「現状にそぐわない」と言ってしまうのも問題があるのではなかろうかと思う。
さらに単純な言い方をするならば『あるファンサイトを立ち上げるとき、そのアンチからの批判というリスクを許容しなければならないの?それは良いことなの?』という話です。
 それは批判というより誹謗中傷であることが多いと思うので、だったら名誉毀損なりの問題になるのではないだろうか。よって(違法行為である)誹謗中傷の自由は無い、で終わり。

 さてここで、「ある作品を批判した時、その(狂信的?)ファンからの批判(にもならない悪口)がいくつも書かれた」という例を挙げておこう。前の記事にもコメントをいただいたekkenさんのブログの記事である。ぜひコメント欄まで全部読んでみてほしい。
『名探偵コナン』がしらける理由 - ekken

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 無断リンク禁止どころか無断言及禁止と言いたい人もいるようだけど、公表された言論に対する無断言及など当然できるというのが当り前だろうと思う。以前にもマナー論やら重箱の隅つつきやら揚げ足取りやらで文句を言う人はいたけれど……

はてなブックマーク - 管理の問題ですね、わかります - プログラマーの脳みそよりrag_enさんのブックマークコメント
※2008/06/11 ekkenさんのご指摘により引用元のコメント主を追記
”公表された言論に対しては批判の対象となる、という単純なルールがある”ちょいちょい見かける意見だけど、その根拠を聞いたことはない。仮にそうだとしても、ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール。
 著作権法第三十二条は根拠の一つと思うのだがどうだろうかな。
(引用)
第三十二条  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
 つまりこれは、「公表された著作物(言論も文章という形をとっている限り著作物である)は、批評(≒批判)する目的で引用することができる」と言っているわけであり、引用できる大前提として「批判できる」と解釈するのが尤も自然であろう。 
 もしも批判することそのものができない(許されない)としたらこの条文自体が矛盾してしまうのではなかろうか。「批判できないのに、(批判の前提となる)引用はできる」ってなんのこっちゃ?

 ということは、「仮にそうだとしても(=その根拠があるとしても)」が成立するということで、「ネットが一般化した今においてはカビが生えたルール」と言いたいのであろうか。とすると、一体何を持って「カビが生えたルール」と言いたいのかぜひ伺ってみたいものである。
 もちろんあらかじめ断っておくが、著作権法の成立した時期を根拠にするというのは無しね。

※2008/06/14追記 昨日(6/13)あたり、消毒しましょ! からのアクセスがやたら多い。
カビが生えてんのはお前の頭なんだよ!! - 消毒しましょ!
 内容自体は至極まともだし意見にも賛成できるのだが、いかんせん毒舌が過ぎる。そういうのを読むに耐えないと思う人は上記リンクをクリックしない方が幸せかも。

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